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Vol.019 『アジア諸国と日本 戦下の友好~「侵略」戦争のウソ』

Vol.19
『アジア諸国と日本 戦下の友好』
~「侵略」戦争のウソ


 フィリピンの東に位置する島国・パラオと日本の歴史について、あなたはご存知でしょうか?この国のペリリュー島という島にある慰霊碑に、こう刻まれています。『諸国から訪ねる旅人たちよ この島を守るために日本軍人がいかに勇敢な愛国心をもって戦い そして玉砕したかを伝えられよ』

 パラオは昔、日本の委任統治領でした。日本人は、パラオの産業・教育・文化の発展に尽力し、パラオ人と共に仲良く暮らしていました。

 太平洋戦争末期、米軍がいよいよペリリュー島にも上陸してくるという時、島の人達は「我々も一緒に戦う」と申し出ました。しかし日本軍はそれを許さず、島民全員をパラオ本島へ避難させました。その後の2か月以上に及ぶ激戦で、日本軍は1万人以上の戦死者を出しましたが、パラオ人の死傷者は0人でした。島民が島へ帰ってくると、そこには日本軍の遺体だけが放置されており、パラオの人々は自分達の命を守ってくれたことに涙しながら丁重に埋葬してくれました。

 戦後、アメリカによってパラオは統治され、日本人が作った道路や神社などは破壊されました。反日教育も行われましたが、パラオの年長者たちが「そんな事実はない。日本人は厳しかったが、我々に農業と、まじめに働く事、嘘をつかない事を教えてくれた」と語り継いでくれたおかげで、日本を慕う気持ちは変わりませんでした。

 1994年にパラオは独立しました。翌年の独立1周年記念式典では、世界各国の国旗がはためき、多くの祝電が届けられました。しかし、日の丸と日本からの祝電はありませんでした。日本からの祝福を待ち望んでいたパラオ国民はどれほど悲しんだ事でしょう。この時の日本の首相は、村山富市氏(現・社民党名誉党首)です。

 私たちが、このまま何も知らずにいたら、先人たちが築き上げてきたものはいつの日か失われてしまうかも知れません。学校やマスコミが教えない歴史を、今はインターネットで知ることができます。ひとつの親日国について少しでも興味を持ったなら、どうかあなたの周りにも広めてください。


【憂川柳】先人の 義照らす月や 胸に沁む(ペンネーム 南の海の友人へ)

【検索ワード】日本とパラオ
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テーマ:日本を正常な国に戻したい - ジャンル:政治・経済

  1. 2012/05/15(火) 00:14:09|
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